岡山城本丸下の段の六十一雁木門石垣です。本段に設けられた門の袖石垣で、高さ2m近い立石、長さ3m以上の横立石を豪快に積んだ勇壮な石垣です。
旭川筋から直接本丸本段に入ることができる用地に当たります。 発掘調査により、確実に宇喜多・小早川期の遺構面を切って根切りしていることから、池田利隆監国期でも初期に築かれたとされています。
立石の中に矢穴を持つものがあり、矢口の大きさは慶長12年に新城として築かれていた下津井城と同じ。同じ頃本丸中の段でも、大納戸櫓築造に伴って1m以上も生活面がかさ上げされていたことがわかっています。
池田利隆期から忠雄期に至る前期池田期に、岡山城は新城として普請されたも同然の大改造を受けていたのでした。